美術作家碓井ゆいさんインタビュー

2026.1.20

 

内田:今回の展示作品〈ミセス・ワタナベの夢と絶望〉についてですが、碓井さんの表現とそれに対する説明を見て、パソコン画面上のカラフルな部分、FXのチャートが「夢」で背景の黒が「絶望」でもあるのかなと思うのですが、柄にも碓井さんの視点、外部からの見え方が反映されているのでしょうか。

 

 碓井:これは、現実にあったある日(2020年3月9日前後)の為替レートです。
柄と黒を夢と絶望と考えたわけではなく、どちらかと言うと、そこは見たまま作っていて、チャートの赤と緑の部分が、一喜一憂という意味での夢と絶望というイメージで制作しました。90年代に日本の個人投資家が為替市場を動かすほど投資していたこと、日本では伝統的に家計の管理を女性が担っていたことが海外の経済誌に取り上げられ、その現象に対して名づけられたのが、ミセス・ワタナベという呼称です。

80~90年代には、日本でキルトブームがあったのを知っている方も多いと思いますが、家でキルトを作る人とFXをやっている主婦を、一種アイロニック(皮肉)な視点から合体させてみました。無機的なものをキルトにしたら面白いと思って。実際のチャートの赤と緑に合わせて、箪笥にしまってあった洋服を切り取って作りました。

日本のバブル崩壊後の失われた30年が、作品の大きなテーマです。

 

内田:チャートの赤と緑が「夢」と「絶望」なんですね!カラフルな部分(日々のチャートに夢を抱いているという意味において)とパソコン画面の黒ではなくて。前提が崩れてしまいました・・・(笑)でも、家でキルトを作る人とFXをやっている主婦の合体という視点はおもしろいですね。

 私も、世界から見たある種の日本の特殊性を「当たり前」として受け入れざるを得ない日本の社会構造を感じてきた一人だとは思いますが、少し踏み込んだ話をしようとすると「日本も男女平等になってきているよ」だとか「それは海外の話で、ここは日本でしょ」といった反応に出会うことがあります。

 そうした状況についてどう思われるでしょうか?

 

碓井:変えようとするところは感じますが、過渡期なのかなと思います。
変わって来ているところもありますが、まだまだ変わらないところも多くて。
そういうことを目にすると、何から変えたらいいのだろうと悩みますよね。
何から変えればよいのでしょうね。

 

  内田:働き方を「もっとこうしたら?」「こうしてもいいよ」と言いづらい雰囲気はあるのかなと思います。思い込みのように感じることもあるので「仕方がない」と諦めるのではなく「どうしたら変えていけるかな?」と、身近な人と話してみることから始めると良いのではないでしょうか。

私も変わってきているのは感じますが、不況が続く中、また、最近の物価高騰の影響もあってか「男性並み」 に働けてお金を生めるならいいよ。という考え方がまだまだ根強いとも感じます。そうした考え方によって、家庭や職場において女性だけでなく男性にもプレッシャーがかかり、見えづらくなる部分や変わらない部分があるのではないでしょうか。 
そのあたりを含め、まずは伝えることが大切だと思います。 

ところで、碓井さんがアーティストという職業を選ぶにあたって、ご両親の影響はあったのでしょうか。

 

 碓井:両親が「美大に行きたかったけど行けなかった」という経験をしているからか、自分自身は、親からは応援してもらったと感じています。
ただ、今、美大には女子が多いのですが、男子は「食っていけないからという理由で反対された」と言っていた人に会ったことも何回かあるので、ジェンダーによって進路が規定されている部分があると感じます。

 

内田:美術に理解のあるご両親に応援していただいたんですね。

「食っていけない問題」は女子もけっこうありますよね?

現実として、美大には女子が多いのに、業界の上の立場にいるのは男性が多いので、難しい部分もあるのかなと思います。

そのテーマについて、少し聞かせていただいてもいいでしょうか。

碓井:女性キュレーターだから女性アーティストを取り上げるということにはならないと思いますが、これまでの評価基準に対して、ジェンダーを意識して批評性を持って取り組んでいけば、自ずと変化していくのかなと思います。今は過渡期の始まりだと思っています。

内田:なるほど。男性優位の評価基準に対して「女性として」ではなく、「ジェンダーを意識した批評性」をキーワードにして取り組んでいくということですね?

碓井:そういうことです。

内田:であれば、私も構造が変化していくことを願っていますし、門外漢の自分に何ができるか考えたいと思います。
職業選択に話を戻しましょう。どんな人間に育ってほしいか、教育方針や家庭の雰囲気などはあって当然 だと思いますし、自分と周囲にとって良いこと、そうでないことを子ども自身が判断していくこと、それが成長なのだと思いますが、親が子どもの好きなこと嫌いなこと、自由、不自由を生まれた時に規定してしまう状況がありうる。ということを考えたことがありますか?

芸術の道に進むのを反対される子どもは多いのかもしれませんが、わかりやすく言えばその逆もです。

 例えば、「友達と同じように大企業に入りたい」と子どもが言ったとして「やめなさい、そんな不自由な人生」と親が言葉によって、あるいは無言のうちに繰り返すことで、子どもは人に迷惑をかけない程度に「親にとっての自由」に従ってやっていたはずが、なぜかどんどん不自由になっていく・・・というような状況について。

 

碓井:親は親の経験の範囲でしか考えられないもどかしさがありますよね。それが絶対ではないですし、アップデートしていかなければいけないなと思うことも多いです。

 

内田:失われた30年における世界と日本の経済、人間の意識や無意識に規定される進路や職業選択、さらにそこから生み出される経済について、漠然と興味があったので質問させてもらいました。

 最後に、今後の展望があれば教えてください。

 

碓井:子どもがいるから、子どものために・・・とセーブせず、少しずつ

チャレンジしていきたいと思っています。

親が頑張っていて幸せな姿を、子どもに見せることも必要だと思います。

 

内田:親が幸せに生きることは、私も本当に大切だと思っています。
お互い頑張りましょう。新しい作品も楽しみにしています。

みゅぜ・ぶらん内田より
1970年代のフェミニズム運動を経てその後、既婚、未婚を問わずMs.が広く定着し、現在ではMrs.という敬称はビジネスや公式な場では使われず、Ms.が一般的であるという認識は持っていましたが、為替市場を動かすほど個人が投資をしていたことや、伝統的に女性が家計の管理を担ってきた日本の現象に対して、ミセス・ワタナベという呼称が用いられたという事実に驚きを覚えるとともに、碓井さんの作品を通して、日本と世界の経済、家族のあり方、子どもたちの将来を考えることができました。
インタビューと言いながら私が喋りすぎた気もしますが、碓井さんの作品を含め、これから出会う素晴らしいアートを楽しみに・・・日々過ごしたいと思います。

追記:展示の後、美術業界の構造について「これまでの評価基準に対してジェンダーを意識して批評性を持って取り組んでいけば、自ずと変化していくのかなと思う」という答えをいただいたので、碓井さんと協議の上、加筆させていただきました。(2026年5月29日)